<前へ 戻る 次へ>


■日本刀研磨の解説

日本刀の研磨は非常に細かい行程に分かれ、手をつくして行われます。
それは、日本刀の最大の特質である、その刃文と地肌をもっとも美しく現すために様々な工夫が凝らされるからであります。

 一般に、日本刀の特質は折れず・曲がらず・良く切れる事である、といわれることがあります。
 それも確かに、数ある特質の一つではありますが、合わせ鉄と云われる日本の包丁の製法(鍛錬を行わず柔らかい鉄と固い鉄を張り合わせる製法)や、また外国の刀剣との本質的な違いとまでは言えないのではないかと思っています。
 
 包丁のような製法でも、また他國でも行われる鍛錬をした鉄を使用した刃物も、細かく研磨を行えば、地肌は現れるはずですが、日本刀のような手法でないと刃文は生れません。
 先人は刃文を生み出す製法を学び、研磨によって刃文を発見し、それを美しいと感じる美意識をもって、それを発展させ続けました。これは日本刀に武器というもの以上のものを感じとっていた証ではないでしょうか。 

 このようなことからも、日本刀の最大の特質は刃文にあると思います。姿は同じものは作れるはずですし、まして現在残っている刀の姿は、殆どが作られたときの姿ではありません(研ぎ減っている為)。地肌は研磨次第で大きく変貌する面を持っています。
 刃文は研磨により見え方に多少の差異は生じますが、基本は変えようがありません。刃文を見るために研磨は発展したのではないかと思っています。(逆に、研磨技術によって刀の刃文は発展し、そのため刀は研磨出来る形にとらわれているともいえます。)

 もう一つあまり触れられませんが、刀の中心のことも鉄そのものを楽しむ美意識の発露だと思っています。この研磨してはいけない部分を定めたことで、磨き上げた美と、年代を重ねることで生じる自然な錆の美を併せもったのが日本刀といえると思います。くわえて、そこに切られた銘が平安末期から残されており、作者や年代を正確に知ることが出来、また銘自体も観賞の対象になる美しさをもっています。

 
■研磨の具体的な工程及び注意点

仕事場全景 仕事場全景 

北向きの明かりがとれる部屋が太陽の直接光が入らず、安定した光が当たります。
ここの場合二つの研台を向かい合わせにした形で、台の周りを板張りとし、水がかかっても良いようにし、手前の方は畳じきにして鎬の磨き等の場としています。
手前右側の研ぎ台は荒い砥石を使う時、奥の研ぎ台は細かい砥石や仕上げの時にと使い分けています。これは、荒い砥石の粒が、作業が細かくなるに従い刀身にヒケをつけてしまうからです。この広さは八畳程のものです。このような形以外にも、部屋全体を、研ぎ台のように作ることもあります。多数の研師で作業を行うには、その方が効率が良くなります。
仕事場近景 下地場の状態

研台の材質は、ヒバやヒノキなどの水に強いものを使います。
下地場真横から。台が斜めになっている様子。

下地場 横から 
 
台が浅く前傾しており、水の流れと姿勢が取りやすくなっています。研ぎ桶・砥台枕・砥台・砥枕・踏まえ木・爪木・床几という名がついています。踏まえ木の反りが浅めに作ってあります。

仕上げ場。横に座布団が置いてある 仕上げ場の状態

脇に座布団がおいてあること以外は全く同様です。
仕上げ場。やはり台地は斜め。光が射し込む様子。

仕上げ場 横から

照明は自然光と蛍光灯で部屋全体を明るくします。部屋の状態、特に天井の色合いによって仕上がりが異なって見えます。

刀を向けている先に白熱光があります。 刀の砥石目を見るために白熱光を見やすい位置に置きます
下地の際の構え 下地の構え
 
安定した姿勢で前傾した体重が砥石に向かっている。この下地の段階で姿が決められます。姿は線ばかりでなく、肉置きも大切な要素です。
下地構え、正面から 右脇下に右足を入れ、右手はサイデ(裂帛。研磨作業の際に使用する布切の俗称)を巻き、左手は素手で刀身を持ちます。右肩を軸に腕を振って一定の砥石目になるようにします。棟を研ぐときも同様で、手を滑らせなければ切れることはありません。
下地研ぎ刀部分のアップ 右足は踏まえ木・爪木を踏んで左足は踏まえ木に指をあてます。 
切っ先研ぎの様子 切先の研ぎ方

切先を研ぐときは右手は動かさずに、体の中心が砥石に向くように構えます。下地で一番難しいのが、この切先の部分で、横手・小鎬をきちんと立てながら肉置きを整えるのが肝要です。基本的に常に切りの方向に研ぎます。帽子以外にむらに成りやすい所は、彫り物の周り・堅さの変わる刃文のあたり、鎬筋あたりも気をつけなければならない所です。
下地用砥石数種
下地の砥石

荒砥・備水・改正・名倉・細名倉と細かくして行きます。一体に荒砥は切りに、備水・改正は筋違いに、名倉・細名倉は真っ直ぐにと砥石目を替えながら進めていきます。切る目的だけなら、このどの段階でも充分で、荒砥でも既に殆ど刃がついた状態で、備水では完全に刃はついた状態となっています。
内曇研ぎ(仕上げ研)の体勢 内曇砥の体勢

この砥石が、日本刀の研磨の特質の一つといえます。また、ここまでは天然の砥石ばかりでなく、人造の砥石でも充分使えるものが出来ていますが、これから仕上げの段階では、内曇と鳴滝という天然の砥石しか使えません
内曇近景 これまでの砥石のあて方が少しあおったように刀を動かしていましたが、この内曇砥は砥石にぴったりとついたように、研ぎます。
刃文が浮かび上がっている また、砥汁を払わずに研ぐことで、砥あたりが柔らかくなり、刃文が浮かび上がってきます。色合いはそれまでが黒色だったのが白くなってきます。ここまでが基本的には砥石目を細かくしていくための作業から、内曇砥という柔らかい砥石で研ぐことで、鉄のなかの微妙な堅さの違いが見えてくるわけです。この砥石を使ったことで刃文の美しさを発見したと考えられます。
真っ直ぐに動かします。上半身がぶれない事。 真っ直ぐに引いている様子です。
研汁の残る砥石 砥石の上に砥汁が沢山残っています。
砥石の前半分を使って、少しずつ移動させ、一部が凹まないようにしています。
艶。作成は面倒なので年に一度作りためておきます。 仕上げに使う艶

砥石を薄く割り、大村という砥石でさらに薄く平にし、吉野紙を漆で張ってものを艶と言います。これまでの段階を下地、これからが仕上げの段階となります。これまでが刀を動かして砥石にあてていたのが、これからは砥石を紙のような厚さにして使っていきます。

この艶という薄い砥石でも研磨できるように工夫したことが、内曇砥を用いる事と共に日本刀の研磨の二つの大きな特質と言えます。
刃艶数種 刃艶

下地の最後に使った灰色の内曇砥を艶の形にしたものを、刃艶といいます。この艶は、仕上げの一番最初にそれまでの内曇砥の砥目をならす時・それから刃取りの時・そして最後の帽子のなるめの時に使います。主に刃の部分に用いるのでこう呼んでいます。この砥石にも、堅めのもの・柔らかめのものがあり、それぞれ目的に合った選択が必要です。
地艶数種 地艶

鳴滝という主に黄色系の色の砥石を艶の形にしたものを、地艶といいます。これは地肌をきれいに現すためだけに用います。これも堅いものから、柔らかいものまで多様なものがあり、柔らかいものから堅いものへと使っていきます。
細かくしてゆく艶 それぞれを薄くし小さくし使える状態にしたもの
使用する艶 爪の大きさにしたものを使います。
仕上げ時の体勢 仕上げは砥台の外で刀を持って艶を使います。太刀表はこの体勢、裏は左右を逆にした体勢で行います。
親指先を艶に乗せ握った人差し指と中指を棟にあて刃艶・地艶と当てていきます。艶の堅さ以外にも、砥汁の多い少ない、艶の大きさ・厚さ、力の入れ方等々によって肌合いの現れ方が異なり、刀の地肌の状況に応じて判断していきます。
これはぬぐいという作業で、刀剣研磨で唯一の油を使う作業です。研磨には刃取り仕上げと、差込み仕上げという二つの手法がありますが、現代での一般的なのは、ここで行っているような手法で金肌によるぬぐいを行います。この手法は明治になり刀が美術品として扱われるようになって、考案されたもので華やかさと共に、濃淡が大きく欠点が見えにくい性格がありますが、展示されたときには見にくい仕上がりとなるのが難点といえます。差込仕上げは刀の素顔が現れるものですが、濃淡が少なく地味に見え、現代では行われる割合は少なくなっていますが、良い刀にはもっと用いられていい手法と思っています。差込研ぎは、地と刃を一緒に完成させていくこととなり、この点に難しさもあります。刃取り仕上げは地肌を完成させ、その後に刃を完成させるという段階を踏んでおり、手堅く仕上がっていく手法といえます。 研磨の手法は戦後一層華やかな仕上がりになっていく傾向がありました。
拭いの体勢 金肌を細かく摺ったものを油で溶き、綿をあてて拭います。
親指は爪が当たらないように爪が短くなっています 親指に力を入れています。
艶。砥石の上に乗っている丸い物がそうです。上に見える影は作業中の刀身 刃取りの艶
刃取りをする体勢
刃取りの体勢、光の方向をみてなるべく刃文に忠実に拾っていきます。
ここで地肌と刃が完成となります。この後帽子のなるめ・鎬の磨きの工程を経て研ぎは完了します。

<前へ 戻る 次へ>

このページの画像、および文章の無断転載を禁じます。
(C)copyright Touken Fujishiro